脂質

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』

脂質（ししつ）とは生物から単離される水に溶けない物質を総称したものである。特定の化学的、構造的性質から分類されるものではなく溶解度によって定義されるものである。1925年に W・R・ブロール (W. R. Bloor) によって以下の生化学的脂質の定義がなされている^[1]。

1. 水に不溶、ただしエーテル、ベンゼンなど有機溶媒に溶ける
2. 加水分解により脂肪酸を遊離する
3. 生物体により利用される

ただし、上記の定義は現在では数多くの例外が存在し、十分な条件とは言えない。現在の生化学的定義では「長鎖脂肪酸あるいは炭化水素鎖を持つ生物体内に存在あるいは生物由来の分子」となる。

目次 1 分類 2 単純脂質 2.1 グリセリド 2.2 ロウ 3 複合脂質 3.1 リン脂質 4 誘導脂質 4.1 脂肪酸 4.2 ステロイド 5 参考文献 6 関連項目

[編集] 分類

1. 単純脂質 (Simple Lipid)
   • グリセリド (Glycerid)
   • ステロールエステル (Sterol ester)
   • ロウ (Wax)
   • セラミド (Ceramide)
2. 複合脂質 (Complex lipid)
   • リン脂質 (Phospholipid; Phosphatide)
     • スフィンゴリン脂質 (Sphingophospholipid)
     • グリセロリン脂質 (Glycerophospholipid)
   • 糖脂質 (Glycolipid)
     • スフィンゴ糖脂質 (Sphingoglycolipid)
     • グリセロ糖脂質 (Glyceroglycolipid)
3. 誘導脂質 (Derived lipid)
   • 脂肪酸 (Fatty acid)
   • テルペノイド (Terpenoid)
   • ステロイド (Steroid)
   • カロテノイド (Carotenoid)

[編集] 単純脂質

アルコールと脂肪酸のエステル。

[編集] グリセリド

グリセロール（Glycerol, 分子式 HOCH₂CH(OH)CH₂OH）と脂肪酸とのエステル。別名をアシルグリセロール (acylglycerol)と言う。中性脂質の一種。グリセロールの3つのヒドロキシル基のうち、1つが脂肪酸とエステル結合したものをモノグリセリド（モノアシルグリセロール）、2つがエステル化されたものをジグリセリド（ジアシルグリセロール）、3つ全てがエステル化されたものをトリグリセリド（トリアシルグリセロール）という。これらのグリセリドを合わせて中性脂肪という。これらは生体で貯蔵脂肪として蓄えられて、必要に応じてエネルギー源として使用される。他に、アルキルエーテルグリセリド（アルキルエーテルアシルグリセロール）もグリセリドに属する。

[編集] ロウ

長鎖アルコールと長鎖脂肪酸とのエステル。動物や植物表面に多く見られ、保護物質として働いている。一部の植物を除いて、エネルギー源とはならない。詳しくは蝋を参照。

[編集] 複合脂質

分子中に糖やリン酸を含む脂質。

[編集] リン脂質

リン脂質は生体膜の構成にきわめて重要な極性脂質（きょくせいししつ）としての機能を持つ。特にグリセロリン脂質は細胞膜の主要な構成要素である。

グリセロリン脂質のイオン部は親水性で水溶液側を向き、炭化水素鎖は疎水性なので内側を向き、疎水基同士で凝集するので脂質二重層あるいはミセルを形成する。単一の分子が親水性、疎水性の両方の性質を持つことを両親媒性（りょうしんばいせい）という。

[編集] 誘導脂質

上記の単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される疎水性化合物。

[編集] 脂肪酸

脂肪酸とは、R-COOH の一般式で示されるカルボン酸のことである。大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分かれる。Rの部分は炭素(C)と水素(H)からなり、脂肪酸によって異なる。

• 飽和脂肪酸

  二重結合や三重結合などの不飽和炭素-炭素結合を含まない脂肪酸であり、一般式 C_nH_2n+1COOH で示される。以下のような飽和脂肪酸がある。

  • 蟻酸（分子式 HCOOH） – アリなどが分泌する酸
  • 酢酸（分子式 CH₃COOH） – 食酢の主成分
  • パルミチン酸
  • ステアリン酸

  自然界には炭素数が 1–10, 12, 14, 16, 18, 19, 20, 22, 24, 26, 28, 30 の飽和脂肪酸が存在する。結核菌が生産する炭素数19のツベルクロステアリン酸 (Tuberculostearic acid) を除けば、炭素数10以上の長鎖脂肪酸では炭素数が偶数のものしか存在しない。これは、脂肪酸の生合成に原因がある。脂肪酸はアセチルCoA (Acetyl CoA) から生合成されるが、このアセチルCoAは炭素数が２つなので、結果として、炭素数が偶数のものしか作れないのである。例外のものはマロニルCoAの経路から合成されるからである。炭素数が 4–12 のものは乳脂肪中に、10–12 のものは植物の種子に、16と18のパルミチン酸とステアリン酸は動植物油に多く見られる。

• 不飽和脂肪酸

  二重結合や三重結合を含む脂肪酸のことを示す。天然には以下のような不飽和脂肪酸がある。

  • リノール酸

    分子式は CH₃(CH₂)₃(CH₂CH=CH)₂(CH₂)₇COOH である。二重結合の立体化学は全て cis である。動植物に広く分布し、必須脂肪酸の1つである

  • α-リノレン酸

    分子式 C₁₇H₂₉COOH。二重結合の位置は 9, 12, 15位で、全て cis である。必須脂肪酸の1つ。

  • アラキドン酸

    分子式 C₁₉H₃₁COOH。二重結合の位置は 5, 8, 11, 14位で、全て cis である。必須脂肪酸の1つ。植物には存在しない。プロスタグランジンの前駆物質でもある。

[編集] ステロイド

ステロイドとは、シクロペンタノフェナントレン構造を有する化合物の総称。特に、3位にヒドロキシ基を有するものをステロールという。

• コレステロール

  最も一般的であり、生体膜（細胞膜や細胞内膜）に含まれるステロール。生体膜に適切な「固さ」を与えることで、その構造と機能を維持している重要なステロールである。ステロール系化合物は広範な生物種に見られるが、特にコレステロールは動物の脳や脊髄などに多く存在する。コレステロールはステロイドホルモンや胆汁酸、ビタミンD₃などの生合成の原料である。

  しばしば健康に害を与える物質としてマスコミなどに取り上げられる。実際には食物経由で入ってくるコレステロールよりも、体内で脂肪酸から生合成される量の方が圧倒的に多い。

• ステロイドホルモン

  男性ホルモン、黄体ホルモン、卵胞ホルモン、副腎皮質ホルモンの4つがこれに相当する。

  • 男性ホルモン（アンドロゲン）

    男性ホルモンはテストステロンとジヒドロテストステロンなどを指す。精子の形成や男性生殖器の形成に関与する。このホルモン（またはその誘導体）は筋肉の発達も促進するので筋肉増強剤として使用されていたが、深刻な心臓疾患を引き起こすため、公式な試合等では使用が禁止されている。

  • 黄体ホルモン（ゲスターゲン）

    黄体ホルモンはプロゲステロン (Progesterone) のことであり、女性ホルモンの1つである。妊娠の成立や性周期の維持等の役割を有している。

  • 卵胞ホルモン（エストロゲン）

    卵胞ホルモンは、エストラジオール (Estradiol)、エステロン (Esterone)、エストリオール (Estriol) の3つを示し、黄体ホルモンと同じく女性ホルモンである。女性生殖機能の発達や性周期の維持等の役割を有する。

  • 副腎皮質ホルモン（コルチコイド）

    副腎皮質ホルモンは、コルチゾール (Cortisol)、コルチゾン (Cortisone)、コルチコステロン (Corticosterone)、アルドステロン (Aldosterone)、11-デオキシコルチコステロン (11-Deoxycorticosterone) の5つを示す。前者3つをグルココルチコイド (Glucocorticoid) といい、後者2つをミネラロコルチコイド (Mineralocorticoid) という。これらの副腎皮質ホルモンは、それぞれ、糖・アミノ酸・脂質代謝の調節と腎臓でのナトリウムイオンの再吸収とカリウムイオンの排泄の促進を行っている。

[編集] 参考文献

1. ↑ Bloor, W. R. "Biochemistry of the Fats". Chem. Rev. 1925, 2, 243–300. DOI: 10.1021/cr60006a003.

[編集] 関連項目

• エーテル型脂質
• 脂質二重層
• 生体膜
• 解糖系