埜口保男
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埜口保男(のぐち やすお、1958年 - )は、自転車での世界的冒険家。普段は千葉県立病院に勤務する。JACC所属、茨城県出身、千葉県在住。
幼少時代の病弱な体質を自転車に乗り続けることにより克服する。大学受験に失敗したのち看護系の専門学校を卒業。のちに看護師となる。専門学校時代の夏休みを利用して東北縦断、北海道を一周する。このことによりキャンプ生活を主体とした自転車旅行をベースにしていく。その後、資金をためて世界一周旅行へと旅立つ。北アメリカ大陸・南アメリカ大陸をまわり、ユーラシア大陸、そして肝炎を患いながらもアフリカ大陸を走破。オーストラリア大陸を縦断し、帰国。世界五大陸を自転車にて旅行する。また、後に第二ラウンドと称し、以前は渡航上の制限(ビザの発給上の難しさなどにより)のあった中米や東欧などを旅行する。自転車に関わる著書で「自転車野郎養成講座」や「自転車漂流講座」などがある。信念は「命に関わる無茶はしないこと」で、これは多くのサイクリストが海外での旅行中に事故死するという現実を受けてのものと思われる。友人であり冒険家であった河野 兵市の半生を語った著書、『みかん畑に帰りたかった』で小学館ノンフィクション大賞2002年受賞。