ヘネラル・ベルグラノ (巡洋艦)
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ヘネラル・ベルグラノ (巡洋艦)(ARA General Belgrano)は、アルゼンチン海軍の巡洋艦。
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[編集] 主要諸元
- 水線長:-m
- 全長:185.0m
- 全幅:18.9m
- 吃水:5.9 m
- 基準排水量:9,575トン
- 常備排水量:-トン
- 満載排水量:12,242トン
- 最大速力:32.5ノット
- 航空兵装:ヘリコプターx2
- 乗員:1,138名
[編集] 概要
[編集] USSフェニックス
1938年3月にアメリカのニュージャージー州にあるニューヨーク造船会社でブルックリン級軽巡洋艦USS フェニックス(USS Phoenix)として建造されアメリカ海軍に納められた。その後日本海軍による真珠湾攻撃を生き延びて大東亜戦争(太平洋戦争)期間中活躍し、大戦終結後の1946年7月にアメリカ海軍を退役した。
[編集] アルゼンチン海軍へ
1951年10月にアルゼンチン海軍が購入し、ファン・ペロン大統領により「ARA 17 de Octubre(10月17日)」と命名され、その後、1816年に行われたアルゼンチン独立戦争時の英雄であるマニュエル・ベルグラノ将軍の名を取って「ヘネラル・ベルグラノ(ベルグラノ将軍)」と改名された。
[編集] 撃沈
その後もアルゼンチン海軍の主力巡洋艦として活躍し、1982年にマルビナス諸島(フォークランド諸島)領有権をめぐりアルゼンチンとイギリスの間に勃発したフォークランド戦争に派遣されたが、5月2日にイギリス海軍のチャーチル級原子力潜水艦「コンカラー」(HMS Conqueror)から放たれたMk8魚雷を受け撃沈された。
撃沈時、ヘクトール・E・ボンソ艦長以下乗務していた1092名の乗務員のうち323名が死亡し、残る770名はアルゼンチン海軍とチリ海軍の船艇により救助された。この撃沈後アルゼンチン海軍の士気は急激に低下したと伝えられる。戦争中のイギリス軍の艦艇の損失はアルゼンチン軍のそれを大きく上回ったものの、結果的にアルゼンチン軍は6月15日に降伏した。