フレディ・スペンサー

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フレデリック・バーデッド・「フレディ」スペンサー（Freddie Spencer, 1961年 12月20日 - ）は、アメリカ合衆国ルイジアナ州出身のオートバイ・レーサー。1983年にはロードレース世界選手権（WGP）500ccクラスで、史上最年少チャンピオン、1985年には同じくWGPの500cc、250cc両クラスでシリーズチャンピオンを獲得した。

[編集] 略歴

幼年期からダートトラックレースなどに親しんでいたと言われ、1978年に本格的に二輪ロードレースへの参戦を開始。モトグッツィ、ヤマハ、カワサキに乗ったこともあったが、まだ10代末だった1980年にUSホンダと契約。アメリカ国内レースで大活躍した。鈴鹿8時間耐久ロードレースにもホンダのワークスマシンで出場している。

主戦場であるアメリカでのレースの合間を縫い、1980年のベルギーGPにてオートバイレースの最高峰、世界グランプリ500ccクラスにスポット参戦しグランプリデビューも果たす（この時のみマシンはヤマハのTZ500）。その後世界GPには1981年にホンダNR500でイギリスGPにスポット参戦。予選10位、決勝でも果敢な走りで5位まで上がってリタイヤと鮮烈な印象を残し、NR500の世界GPにおける最高成績を記録。ホンダが最も期待をかける若手ライダーだったと言える。1982年に世界GPフル参戦を果たして以降は、次の章に詳しい。

バイクを長い手足の下で自在に操り、コーナー終盤の立ち上がり加速を重視するライディング・スタイルが特徴。ファーストラップから驚異的なタイムでライバルを引き離し、ゴールしてみれば二位以下に大差をつけての独走優勝というレース展開が多かった。ファーストラップから圧倒的なラップタイムで他を引き離す走りから“ファスト（速い）・フレディー(Fast Freddie)”の異名を取った。これは世界GPレギュラーになる前、アメリカ国内で走っていた時代からのニックネームである。

スペンサーの走法は、キャンバーアングル（バンク角）の変化によるマシンの向き変えが異様に鋭く、定常円旋回している時間が極端に短いのが特徴だった。マシンが深くバンクしている時間が短いため、結果としてアクセルがパーシャル（アクセルオンでもオフでもない状態。定常円旋回ではパーシャルが基本）になる時間が短く、コーナー立ち上がりで全開にするタイミングが早い。これが速さの秘密だった。2輪タイヤがバイアスからラジアルに変化する時期で、なおさらスペンサーの走法の利点が活かされたとも言われる。少年時代からダートトラックレースに出場し、マシンがスライドするのに慣れていたのも強みだった。

走法に関する特徴としては、エンジンを異常なほど高回転域まで使用することでも知られた。最高のパワーを発揮する回転域を超えた高回転域（むしろパワーが降下する）まで回すことにより、エンジンパワーのコントロールを行っていたと言われている。これも他のライダーと一線を画した点であり、スペンサー用のマシンは超高回転域を常用しても故障しない信頼性が必要だった。

レーサーとしては珍しく視力が弱いと言われ、コンタクトレンズを使用している。レースカメラマンの間では、走行中に目を閉じている瞬間が多い（コンタクトレンズが乾くのを防ぐため瞬きが多い）ことで知られた。目を閉じている写真は迫力に欠けるため、カメラマン泣かせだったようだ。やはりコンタクトの乾燥を防ぐ意味で、ヘルメットのシールド（風防）のすき間から風が入ることにも神経質だったと言われる。なおアメリカ時代から日本のアライヘルメットを愛用しているのは有名で、レプリカカラーのヘルメットがファンの人気を集めた。

宗教上の理由から飲酒喫煙はせず、カフェインの摂取も忌避。つまりコーヒーも飲まないのだが、ドクターペッパーを愛飲していた事が有名。全盛期である1985年シーズンには、ヨーロッパ各国を巡る世界GPに美しい婚約者（1985年のミス・インターナショナルの準ミス）がずっと帯同していたものの、やはり宗教上の理由から“清い関係”だったらしい。

[編集] 世界グランプリ・フル参戦以後

1982年、ホンダ・ワークスから世界GPへのフル参戦を開始。同年からホンダはNR500（4ストロークエンジン）に代え、2ストローク3気筒エンジン搭載の新型マシンNS500を実戦投入。スペンサーは同年のベルギーGPで世界グランプリ初優勝を遂げる。その後も一勝を挙げ、ランキング3位を獲得する。

1983年は語り継がれる伝説の年となる。ヤマハのケニー・ロバーツと、年間12戦を6勝ずつ分け合う激しい戦いを展開。最終第12戦サンマリノGPではケニーが優勝するものの、わずか2ポイント差で"キング・ケニー"を抑えきり、WGP500ccクラスのチャンピオンを獲得する。このとき、スペンサー21歳。この年齢でのロードレース世界選手権・最高峰クラス制覇は、2005年現在WGP/MotoGPを通じて史上最年少記録である。それまでの最年少記録はマイク・ヘイルウッドの22歳（1962年に達成）で、スペンサーはヘイルウッドに数ヶ月の差を付けた形となった。

1984年からホンダが新規投入したV型4気筒エンジン搭載のニューマシンNSR500は、通常のマシンなら燃料タンクはエンジンの上、排気管がエンジンの下にあるのに対し、全く逆のレイアウトだった。こういった新機軸が一因ともなり、成績は低迷し、優勝は5度に留まりランキング4位、エディ・ローソン（ヤマハ）にタイトルを奪われた。スペンサーは1984年、新型のNSR500と、前年に使用していた古いNS500をコースによって使い分けた。シーズン序盤、ホンダのマシンの特徴だったカーボン使用ホイールが突然破損して事故になり、これも精神的なトラウマになってしまったという説もある。

1985年シーズンは前年の成績を挽回すべく、WGP500cc、250ccの両クラスにダブルエントリー。500ccクラスでは全12戦中11戦に出走し7勝をマーク。250ccクラスでは全12戦中10戦に出走しやはり7勝を収め、両クラスとも最終戦を待たずして年間チャンピオンを確定。'70年代以前には同一年に複数のタイトルを獲得する例も多く見られたが、この時期には「Wタイトルは無理」という声も多かっただけに、快挙といえるだろう。これ以後、世界GPにおける「Wタイトル」は達成されていない。500ccと250ccのWタイトルは世界GP史上スペンサーのみである。

とはいえ1985年の250ccクラスでは、スペンサーの乗るワークスマシンRS250RWが性能面で断然抜きん出ており、ライバルの多くが乗るヤマハTZ250やホンダRS250（共に市販レーサー）ではハンデが大きすぎたという見方もあり、特にこれまでこのクラスをリードしてきた自負のあるベテランのアントン・マンクは「一度スペンサーと同じマシンで走らせてほしい」とホンダに対しかなり不満を述べた。マンクもホンダに乗っていたが「スペンサー用とは違うスペシャルキットを組んだRS250」しか供給されなかった。こうしてホンダが500ccクラスだけではなく250ccクラスにも高価で限定供給のワークスマシンを投入してきたため、この年以後ヤマハやアプリリアなどライバルメーカーも同様の方針に転換。世界GPレース出場にかかる費用がますます莫大なものになってしまったのも事実である。

その年のシーズンオフに肉体改造を試み肉体的にパワーアップして翌1986年の開幕戦・スペインGPに登場。まさしくチャンピオンの風格も備わり黄金期は続くように思われた。予選では当然のようにポールポジション獲得。決勝レースもスタートからトップを独走し、あっさりまた優勝を奪っていくかにみえたが、そこで突然ピットインしてマシンを離れ、リタイアしてしまう。ここから「天才・最速」スペンサー伝説は暗転した。リタイアの原因は「右腕、手首が痛くてブレーキングができない、まともにライディングできない」というもの。オフの筋トレが過剰で悪影響が出たのではないかと言われたが、本当の理由は明らかではない。

これ以降、予選ではまだ時折速さはあったが、決勝レースでは何らかのアクシデントが身体やマシンに起こる事が続き、レースディスタンスを走り切れずリタイアが続くなど急速に精彩を欠く。右手首の故障によるフィジカルダメージと公式には説明されていたが、史上最年少の500ccチャンピオンなどの成績をあげたスペンサーが、精神的な面でモチベーションを失ったからではないかという意見もある。美しい婚約者の女性と昨シーズン終了後に破局を迎えていたのも精神的な痛手だったのではと見る向きもある。しかし、これで彼が終わったとはまだ考えられない人も多かった。結局スペンサーは戦線を離脱し、スペンサーのマシンNSR500は日本の若手ライダー八代俊二に託される事になった（若手とは言っても八代はスペンサーより年上）。結局1986年は獲得ポイントなしであった。

1987年、マシンはロスマンズカラーではなくなり、赤と白のホンダワークスカラー（但し、日本GPにおいては赤と白のアジノモトホンダカラー）になった。懸念された手首の状態は良くなってきているとも報道されたが、その期待は開幕戦・鈴鹿（日本GP）で早々に裏切られた。予選初日の第1回目セッションを5周しただけで手首の状態が良くない事を理由にエントリーを取り消してしまった。シーズン中盤戦以降手首の具合が多少回復し数レースに出場できたが、ポイント獲得はスウェーデンGPでの7位完走・4ポイント獲得の1回のみであり、ランキングは500ccクラス20位であった。

この時期の日本では、スペンサー不在のホンダを支え、同年の世界チャンピオンになったワイン・ガードナーの人気が急上昇。逆にスペンサーの人気は地に落ちる格好になった。前年（1986年）に片山敬済がテレビ中継の解説者として出演した際、ホンダの後輩であるスペンサーを「走ると言っておいて走らない嘘つき。観客だけではなく、チーム運営に携わる多くの人を裏切っている。決勝の1周目だけ速いのは予選用タイヤでスタートしているからで、最初から決勝を走りきろうという考えはない証拠」などと批判した影響も大きいだろう。父親の落雷による怪我の看病など悲劇的な事情のあるケースもあったが、日本で行われるレース（鈴鹿BIG2&4、富士スーパースプリントなど）にもエントリーしファンはその度期待するが、結局は欠場し姿を見せない事が度々だった。走れるのか走れないのか、本人以外には判断できない状態が続いていた。

1988年にはスペンサーに対するロスマンズのスポンサードが復活し世界GPにフル参戦する予定だったが、オーストラリアでの開幕前テスト走行でやはり右手首の腱鞘炎の痛みが消えていない事が確認された。スペンサー本人が引退を決断し、3月16日に現役引退発表。開幕戦・日本GPの会場である鈴鹿サーキットを、ゼッケン19をつけたロスマンズカラーの最新型NSR500で1周ゆっくりと手を振りながら引退記念走行を行った。しかし、それまでに大きく予想を裏切り続けた事から罵声を浴びせるファンも少なからずいた。

[編集] カムバック以後

その約1年後、スペンサーは手首はほぼ万全に近いとコメントし引退を撤回。それまでのスペンサーは手首の治療に際し外科手術を頑なに拒んでいたが（宗教上の理由と言われる）、一大決心の後に手術を受けたため回復したと報じられた。

1989年にジャコモ・アゴスチーニ率いるマールボロ・ヤマハチームに加入し、長い間敵として戦ったヤマハYZR500に乗り世界GPに参戦。開幕戦の鈴鹿では見事なスタートを見せトップで1コーナーからS字を駆け抜け、ほんの一瞬、復活の夢を見せてくれたが、期待とは裏腹に好結果を出す事なく、シーズン途中でチームを去ることになった。

1992年には日本の鈴鹿8耐にミスタードーナツホンダRVFで参戦、最新ワークスマシンではなかったにもかかわらず予選3位と驚異的なタイムを記録、決勝は転倒を喫しながらも4位完走と以前とは違う粘りを見せた。またしても一部で復活の機運が高まり、1993年にヤマハ・モーターフランスチームから世界GP500ccにカムバックするが、全盛の頃からすると信じられないような転倒や、冴えの見えない走りで、同年をもって世界GPからは完全に引退した。以後はアメリカ国内でスーパーバイクレースに出場したりしている。

[編集] ライダーとしての評価

スペンサーが直接開発に携わった1984年～1986年型NSR500は、当初ワークス系チーム内でもスペンサーにのみ使用を許されており、"フレディー・スペシャル"と呼ばれた。他のライダーとは一線を画するような独特のライディング・テクニックを駆使するスペンサーの意見が多く取り入れられたため、彼以外のライダーが乗りこなすのは難しいスペシャルマシンだったようだ。同時代の名ライダーであるランディ・マモラは「NSRの方が確実に速いが、NSの方が乗りやすい」と述べている。ただし1986年シーズンはチームメイトのワイン・ガードナーもNSR500でレースに出走し、以後はNSR500がワークスライダーとサテライトチームに供給されている。

スペンサーは間違いなく天才的なライダーだったが、マシンのセッティング能力は低かったようだ。ホンダで最強時代を築いた際には、日系アメリカ人の名メカニックであるアーブ・カネモトがスペンサーとタッグを組んでおり、スペンサーのセッティング能力の無さを補っていたと言われている。しかしヤマハ系チームではスペンサーの弱点を補う存在がおらず、予想外の成績になってしまったというわけだ。'76 - '77年の世界チャンピオンであるバリー・シーンは「スペンサーはマイク・ヘイルウッド以来のタレントライダー（才能あふれるライダー）」と表現していたが、これは「才能だけで走っているライダー」という辛口批評だったのかも知れない。ヘイルウッドもスペンサーと同様、天才的に速いものの、セッティング能力に欠けるライダーと言われていたのだ。

現在はアメリカでバイクのライディングスクールを経営している。