DCF法
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収益資産の価値を評価する方法の1つ。具体的には、株式や不動産その他多様な投資プロジェクトの価値を算出する場合に用いられる。Discounted Cash Flow法の略で、ただDCFとだけいう場合も多い。
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[編集] 概要
この評価方法の本質は、ある収益資産を持ち続けたとき、それが生み出すキャッシュ・フローの割引現在価値(Discounted present value)をもって、その理論価格とすることにある。たとえば,株式ならば,1株当たりキャッシュ・フローの割引現在価値をもって、理論株価とされる。
この点で、現時点で当該資産を売却したときの価額、つまり清算価値をもとにした評価方法とは異なっている。
[編集] 算定の意味
ここでは収益資産として、企業の株式を例にとって説明してみよう。株式の価値にはいくつものとらえ方があるが、その1つが企業の利益に対する請求権という考え方である。
この考え方に立てば,理論上妥当な株価とは,その企業が将来実現できる1株当たり利益について、来期から遠い将来に至るまで、すべて積算したものだといえる。
ただし、企業の利益については、減価償却の方法など、さまざまな会計処理の判断で、変化してしまう。また,特別利益や特別損失などによっても大きな影響を受けてしまう。
そこで、株価を客観的に評価するためには、会計処理の違いによる差がつきにくいキャッシュ・フロー概念を利用する方が望ましい。DCF法とは、将来にわたる1株当たりキャッシュフローを積算することで理論株価を計算しようという方法である。
[編集] 割引現在価値
ただし、将来にわたる利益を積算する場合、それらを単純に足すだけでは問題が生じてしまう。なぜなら、1年後の X 円と現在の X 円は、同価値ではないからである。
たとえば、現在の X 円は、利子率 r のもとでは、1年後に (1 + r)X 円に増えているからである。つまり、現在の X 円と同価値なのは、1年後の (1 + r)X 円であることがわかる。
この関係を利用すると、1年後の Y 円を、現在の価値に換算するには、Y = (1 + r)X とおくことで、X = Y / (1 + r) であると計算される。
結論として、1期間の利子率を r としたとき、1年後のY円を現在の価値に直すと、Y / (1 + r) 円になる。このように、将来(1年後)の価値を現在の価値に変換するとき、このような(1+当該期間の利子率)で割引いた価値で表示したものを、割引現在価値(discounted present value)という。この操作を、何年にも渡って繰り返し適用することで、遠い将来の価値を現在の価値に変換することができる。
現在価値(円) | 利子率 r | 1年後の価値(円) |
---|---|---|
X | →1年後の価値は→ | (1 + r)X |
Y / (1 + r) | ←1年前の価値は← | Y |
[編集] 企業の1株当たりキャッシュ・フローへの応用
そこで株価を求めるには、以上の割引く作業を、将来のすべてのキャッシュ・フローに適用すればよい。これがDCF法のエッセンスである。
たとえば、今からt年後のある企業の1株当たりキャッシュ・フローを Yt、その期間に適用される利子率を rt とすると、その1年前の価値は、である。また、2年前の価値は、同じ割引計算を繰り返すことで、である。
この要領で、t 年後の1株当たりキャッシュフロー Yt の割引現在価値は、 であることがわかる。
この計算を、1 年後から n 年後までのキャッシュ・フロー にすべて適用すると、 理論的な株価 P は、
と書き表せる。
[編集] 利子率が一定のとき
ここで、利子率が毎期変わらず、 だと仮定すると、 と要約できる。
後の項になるほど分母が大きくなるために、積算する年数が長くなるほどこれら項は0に収束していく。したがって、DCF法では、現在に近い期のキャッシュ・フローの評価が、きわめて重要であることがわかる。
[編集] 毎期キャッシュ・フローが一定のとき
さらに、今後のキャッシュ・フローが毎期変わらず一定、つまり、とすると、 と、より簡単な表現になる。この式は、公比 の等比級数となっているため、ある期のキャッシュ・フローと利子率がわかっているだけで、簡単に計算をすることができる。
また、キャッシュ・フローをどこまで積算するかという判断の恣意性を取り除くために、積算するキャッシュ・フローの期間を無限期までとすることもある。これは、上式において、 の極限をとることに相当する。
このとき、この等比級数は無限等比級数になり、その計算結果は、非常に簡単な形、 に要約される。
[編集] 毎期キャッシュフローが一定率で成長するとき
ところで、通常の企業では、設備投資の増加に伴って、利益やキャッシュ・フローが増加していく方が自然である。ここで、キャッシュ・フローが一定の成長率gによるとしよう。この場合、 であることがわかる。すなわち、キャッシュ・フローが一定率で成長するときは、分母は利子率ではなく利子率-成長率となる。大きな成長率が期待できるほど、株価は高く評価されることがわかる。また、期待成長率の変化によっても、株価が変動することが示される。
以上のように、DCF法による理論的な資産価格は、非常に簡便な想定のもとでは、将来にわたり期待される一定のキャッシュ・フローを、(利子率-キャッシュ・フロー成長率)で割ったもので近似されることがわかる。ただし、現実の企業では、キャッシュ・フローの変動率は一定ではないし、また利子率にも変動がある。こうした変動によって、DCF法の算定値は、上記の簡便な設定からずれることになる。
[編集] 株価の変動要因の解釈
この結論によれば、株価の変動要因は、2つに区別される。
第一には、分子の将来のキャッシュフローの期待値の変化である。具体的には、キャッシュ・フローの期待値が一律10%増加したとすると、株価もそれと同率に10%上昇することが説明できる。たとえば、将来の決算予想が上方修正されたとき株価が上昇することは、この関係から理論的に説明できる。
第二には、分母の利子率の変化である。具体的には、利子率が上昇すると、株価はそれに反比例して下落することがわかる。
ただし、第二の関係は現実と一致しないこともある。というのも、利子率が上昇する局面で、株価も上昇することもたびたび観察されているからである。
これは、利子率が上昇する局面は資金需要が逼迫してくる景気拡大期であることが多く、その時には同時に分子のキャッシュ・フローに対する期待値も増加していることが多いからともいえる。したがって、分母が動くような利子率の変動期には、同時に分子が変動していないか注意しないと、株価の動向は正しく予測できないといえる。