CT
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CT(シーティー、Computed Tomography: コンピュータ断層撮影)は放射線などを利用して物体を走査しコンピュータを用いて処理することで、内部構造を輪切りにしたような画像を構成する技術・機器のことである。
主に臨床検査の手段として広く用いられているほか、非破壊検査にも欠かせない。従来は核磁気共鳴画像法のことをNMR-CTと呼んだ時期などもあるが、現在、単にCTと言えばほぼ常にX線を利用したCTのことを指すため、この項でも特にX線CTについて述べる。X線CTは解像度が上昇し、輪切りに限らず体内の等方性の情報を取得できる技術となっており、その字義通りの意味を超えて適応範囲が広がりつつある。
機械本体はドーナツ型をしており、この中を線源とセンサが回転する。検査対象の人や物体はこの中央部に入ってX線を全方位から受ける。
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[編集] 医療機器としてのCT
X線CTは短時間でほとんど苦痛なく検査ができ、それでいて多くの情報を得ることができることから臨床の場では頻繁に用いられ、あらゆる領域における多種多様な疾患に対して、スクリーニング・精査目的の検査として適応されうる。
[編集] 撮影法
目的に応じて撮影方法がある。
- 単純CT
- 造影剤を使用せずに撮影を行うもの。主に出血、組織の浮腫、骨の形態異常などや、肺の形態が観察できる。臓器によっては腫瘍の存在をはっきり視認できないことも多いが、周囲の組織の圧排などから推測できることもある。
- 造影CT
- ヨード造影剤を静脈内に注射してから撮影を行うもの。血管が強く描出される。血管そのものの疾患の診断に役立つほか、血流が豊富な腫瘍組織が濃く描出されることや、虚血部分が造影されないことなどによって病変を診断できる。単独で、または単純CTと併用して診断に用いられる。
- ダイナミックCT
- 造影剤を急速静注したのち、複数のタイミングで同じ部位を反復撮影するもの。特に肝臓や膵臓腫瘍の診断に有効であり、腫瘍のタイプによって血液の洗い出し時間が異なることを利用している。
- CTガイド下生検
- 体内の腫瘍組織を切り出してその性状を調べる検査(生検)は、針を刺すだけで施行できれば切開するのに比べて侵襲をはるかに少なくすることができる。CTで細かくスライスしながら穿刺位置を決定することで実現したものをCTガイド下生検と呼ぶ。肺腫瘍の診断に広く用いられている。類似した技術に定位脳手術がある。
[編集] 副作用
CTは通常の利用方法において比較的安全な画像検査であり、先進国ではほとんどの病院に普及し日常的に施行されているが、副作用として以下のようなものがある。
- ヨード造影剤による副作用
- 軽度の場合は、一時的な吐き気や皮膚のかゆみなどで、造影剤を使用する患者の数%に生じる。治療を要する呼吸困難やアレルギー反応も1%未満に生じる。ごく稀にヨード造影剤によるアナフィラキシーや急性腎不全などの重篤な副作用が生じることがあり、造影10万件に1件程度の頻度では死亡例もあるとされている。
- 放射線照射による副作用
- X線CTは各種放射線検査の中でも、被曝量のかなり多い検査である。通常のX線撮影が自然被曝2日分程度であるのに対して、CTでは約3年分の放射線を浴びることになる。ダイナミックCTなど複数回撮影するものや、心臓など細かいスライスで撮影する必要がある部位ではさらに多量となる。悪性腫瘍の診断と評価に有用であるとはいえ、それ自体が腫瘍の原因となるため、特に若年者においては施行にあたって適応や部位を慎重に判断する必要がある。
- ペースメーカーへの影響
- 従来ペースメーカーへの影響はないとされていたが、2005年に一部の心臓ペースメーカーにおいてX線CT検査中にリセットを引き起こす稀な事象が確認された。ペースメーカー部位にX線を照射しないようにしたり、照射時間を減らしたりするなど、各病院で対応策が採られている。
- その他
- MRIと比較すると短時間ではあるが、重度の閉所恐怖症患者においては施行困難なことがある。
[編集] MRIとの比較
同じ輪切り画像検査として、X線CTとMRIはよく比較される。本来まったく異なる臨床意義を持つ検査であるが、X線CTはMRIに対して以下のような利点と欠点を持っていると言える。
[編集] 利点
- 検査が短時間
- 磁気を使用しないので金属(心臓ペースメーカーや義歯等)使用者にも施行可能(ただしペースメーカーについては副作用の欄も参照)
- アーティファクト(画像の乱れ)が少なく、広範囲の撮影が可能
- 出血巣、骨、肺の内部構造などが明確に描出される
- 騒音がない
- 閉塞感が少ない
- 普及率が高く、安価である
[編集] 欠点
非常に大まかには、骨疾患や肺疾患、肝臓疾患や救急疾患の場合には、MRIよりもCTが有用なことが多い。一方で、脳腫瘍や子宮・卵巣・筋肉の疾患においては、MRIの軟部組織分解能が威力を発揮する場面が多い。医師はそれぞれの特徴を念頭において、どちらの検査を利用するか、あるいは併用するか決定する。
[編集] 原理と技術革新
[編集] CTの基本原理
CTはX線照射で得られたデータをもとにコンピュータで画像を再構成する機構である。その元となるデータは、物体に360度から照射したX線がそれぞれどの程度吸収されたかの度合いである。物体内部は部位ごとにX線の吸収率が違うため、そこを通過してきたX線の量は吸収率を合計したもの(の指数)に等しい。 そこで、1断面を格子状に分割し、各部位の吸収率を未知数とし、その合計が実際の吸収量と等しくなるように連立方程式を立て、これを解くのである。
原理自体はMRIなどと比べて比較的シンプルであるが、これは巨大な行列演算であり、画像を構成するのにかかる時間はコンピュータの処理速度に大きく依存している。CTの実用化当初は撮影してから画像が出力されるまでに大きな待ち時間を要していたが、現在はリアルタイムで画像を確認できるまでに高速化した。
吸収率の単位としては、伝統的に空気を-1000HU、水を0HUと定義したHU(Hounsfield unit)という単位が利用され、これによる吸収率の表現を特に「CT値(CT number)」と呼ぶ。
[編集] ヘリカルCT
1枚の断層画像を得るために線源を1回転させる撮影方式では細かく寝台を動かしながら何度も撮影する必要があるため、高精度の3D画像を得るのは難しく、また撮影時間も長くかかる。 そこで、寝台を一定速度で動かしながら線源を回転させ続ける撮影方式(患者からみると線源がらせん状に動く)が実用化されヘリカルCT(らせんCT・スパイラルCT)と呼ばれる。 検査時間が短縮され、一度の息止めで広範な撮影が行えるなどメリットが大きい。データ処理アルゴリズムが複雑となるが、現在のコンピュータでは問題にならない。ただし骨周辺などで、ヘリカルアーティファクトと呼ばれる特有のノイズが出ることがあり、息止めを必要としない頭部の撮影などでは、従来通りの1スライス毎に寝台を移動させる方式も併用されている。
[編集] 多列検出器CT (MDCT)
マルチスライスCTとも呼ぶ(メーカーによって呼び方が異なる)。ヘリカルCTの後に実用化された。X線を扇状にやや広い角度に照射し、同時に検出器自体をスライス方向に、例えば0.5mm刻みで複数並べたものであり、1回の線源の回転でより多くの範囲の撮影が行える。
移動軸と垂直ではない、僅かながら傾いた方向から入射するX線を検出・処理するため、更にデータ処理は複雑となる。2006年現在、検出器を64列に並べた64列CTが製品化されており、研究レベルでは256列CTが存在する。
[編集] 表示方法の多様化
CTで得られるのは、平面上の画像(スライス)の集合である。つまり、平面方向の2次元のピクセルの集合を、スライス面と垂直な方向に集めた、CT値(X線吸収の程度)の3次元行列である。この3次元上のピクセルのことを、特に3次元であることを強調してボクセル voxel と呼ぶ(volume pixelに由来する)。
従来はこれらの画像は、単にフィルム上に白黒写真として焼き付け、光にかざして観察していた。従来のCTは、検査時間や被曝量等の物理的制限で1cmや5mm刻みなど、比較的少数のスライスしか撮影できなかったためこれでも充分であったが、当初から任意方向の断層面が描出可能だったMRIと比べると、デメリットとなっていた。
しかしヘリカルCTやMDCTといった撮像技術の発達により、0.5mm厚といった非常に薄いスライスでの撮像が、日常的に多くの施設で可能となってきた。薄いスライス厚によって画像の枚数も大幅に増加したため、現在では多くの施設で、かさばるフィルムではなく、CRTや液晶のモニタ上で、リアルタイムにコントラストや明るさを調節しながら画像を観察できるようになってきている。
また、任意の方向に十分な解像度を持った3次元のボクセルデータが取得できるようになり、それを記憶・処理できるメモリや処理装置も非常に安価となったため、以下に挙げるような、様々なCTの観察方法が利用されている。
[編集] 任意断面再構成 (MPR)
3次元の等方性ボクセルデータが入手できるようになり、CTだからといって「輪切り」で体内構造を観察しないといけない理由がなくなったため、対象物の任意の方向の断面を再構成して表示することが可能となり、任意断面再構成と呼ばれる。細かい血管の走行や腫瘍の進展などについては1断面のみからでは把握しづらいため、MPRは診断に大きく寄与した。変法として円柱面やベジェ曲面上にボクセルデータを投影する方法もあり、変形の激しい脊椎病変などで威力を発揮する。
[編集] 3次元CT
十分に解像度の高いボクセルデータは、再構成して適切な陰影付け・遠近感を施し、人間が直感的に把握できる3次元グラフィックスとして表示できるようになった。断層像では認識しづらい複雑な脈管構造や、立体的な構造把握の難しい部位(頭蓋骨など)の診断に威力を発揮する。ある程度再構成時に人手を介するため厳密な測定目的には向かないが、特に全体像の把握や術前の計画、患者への説明用には有用である。視点を気管内や大腸内に置いたバーチャル内視鏡も実用化されている。
[編集] 心臓CT・4次元CT
常に高速に動き続ける心臓は、CTが最も苦手としてきた臓器の一つであるが、64列CTを用いて高速に広範囲の撮影が可能となり、心電図同期技術や線源高速回転技術も発達したことで、心臓分野でもCTが威力を発揮するようになった。現在では心臓表面の直径2mmの血管の狭窄までも描出し、一部の血管カテーテル検査を置き換えられるようになってきている。しかも動き続ける心臓の3次元映像をアニメーションで表示することすら作成可能になってきている。
[編集] その他のCT
放射線被曝による健康の影響や、生命体を扱うことによる避けられない動き制限などがなくなれば、CTの解像度は更に上げていくことができる。
現在では、CTによって、対象物体の顕微鏡レベルの微細な構造を描き出すことができる。
[編集] 関連項目
- アラン・コーマック、ゴッドフリー・ハウンズフィールド :CT開発者。1979年ノーベル生理学・医学賞受賞。
- DICOM