断続平衡説
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断続平衡説(だんぞくへいこうせつ、Punctuated equilibrium)は、ナイルズ・エルドリッジとスティーヴン・ジェイ・グールドが、1972年に提唱した進化論の仮説。種は、急激に変化する期間とほとんど変化しない静止(平衡)期間を持ち、”徐々に”進化するのでなく、”区切りごとに突発的に”進化していくとする理論。区切り平衡説とも訳される。「突発的進化」(evolution by jerks)を主張する点で、「漸進的進化」(evolution by creeps)を主張する説と対置される。古生物学からの提議として知られている。
この説が出るまでは、生物は何百万年もかけて徐々に変化していき、その結果として新しい種へと進化するという考え方が主流であった。しかし、その問題点として、変化しつつある中間の段階の化石というものが、これまでほとんど見つかってこなかったことが挙げられた。それに対して進化学者は、地質学的記録では地球の歴史を完全には記録できないという説明をそれまでしてきた。つまり化石記録がまだ見つかっていないか、単に化石にならなかったというわけである。
しかしエルドリッジらの主張では、化石にならなかったのではなく、”何百万年も変化し続ける”中間種というものがそもそも存在しないとする。種はその初期の段階で急激に変化していき、ある程度の形が整うと、その後何百万年とほとんど変化しない平衡状態になるというのである。
この考え方は、それまでのダーウィニズムの中心的な世界観、漸進主義(物事はゆっくり変化していく)に修正をせまるものだった。
[編集] 理論形成の経緯
エルドリッジはアメリカの三葉虫の研究から、グールドは氷河期のバミューダ諸島の陸貝の研究から、それぞれ、短期間に種分化が起こり、その後長期間にわたって解剖学的変化がまったく見られないというパターンを発見していた。これは、それまで考えられてきた、わずかな変異が積み重なって、徐々に種分化が起こるとするパターンとは逆だった。
[編集] 断続平衡説の証拠
この理論の証拠として、「生きた化石」が存在することが述べられる。シーラカンスやメタセコイア、イチョウやカブトガニといった何億年も昔から存在していて、ほとんど当時の化石と変わらない姿で今も生きている種を生きた化石という。種がゆっくりと変異し続けるものなら、これらの生物にはかなりの変化があるはずである。
また、急激な進化についてであるが、1990年代に、ガラパゴス諸島において、ピーター&ローズマリー・グラント夫妻によるダーウィン・フィンチ類の研究によって、人間が観測可能な速度での種分化が発見されている。
[編集] 断続平衡説への批判
このように、種の進化速度についての新たな見方と、個体や集団の変異の結果として種分化が進むのではなく、新しい種が出現したり絶滅したりすることが、進化のきっかけになるとする観点を提供した意義は大きいとされるが、断続平衡説が進化の主流な学説になると見る研究者は多くない。
そのひとつに、形態の変化が種分化と関係しているとは限らない点が挙げられる。別種と呼ばれるためには生殖的隔離の状態である必要があるが、化石ではそれが検証できないのである。したがって、急激に形態が変化していることと種分化を直接結びつけて考える断続平衡説は問題が残るとされている。
また、実際に進化しているのは種ではなく、遺伝子や遺伝子交流集団であるとする意見が主流であるため、種分化に種レベルの選択は無関係であるはずだ、という批判がある。これは種淘汰への批判である。
ただし、グールド自身は、種淘汰を主張しているわけではないし、個体淘汰や遺伝子淘汰を否定したわけでもない。グールドの主張は化石から判明した事実への認識であり、原理的な進化理論の提出ではない。その意味では、グールドを批判する上記の見解は、狙いがはずれているとも言える。