パリティ対称性の破れ
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パリティ対称性の破れ(パリティたいしょうせいのやぶれ)とは、空間反転した(鏡に映した)ときに物理法則が同じにならないこと、または、その様な状態を言う。弱い相互作用が関与する物理現象で起こる。P対称性の破れ、あるいは、パリティ非保存とも言われる。
通常の物理現象は空間反転を行っても変わらないように見える。具体的には、まったく見知らぬ国の映像がテレビに映っている場合、その画面が通常どおり撮影されたのか、一度鏡に反射させてから撮影されたのかは、通常の物理現象を見ているかぎりは判別できない。この様に空間反転した状態と元の状態で物理法則が変わらないことをパリティ対称性がある、または、パリティが保存されているという。
物体に働く力(相互作用)は重力相互作用、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の4つの相互作用に分られる。これらの内、弱い相互作用の関係する物理現象にだけパリティ対称性の破れがみられ、他の三つの相互作用ではパリティ対称性が保たれている。通常、人間の目で直接観察できるのは重力相互作用と電磁相互作用だけであるから、長い間、すべての物理法則にパリティ対称性があると考えられていた。
1956年にヤン(楊振寧、Chen Ning Yang)とリー(李政道、Tsung-Dao Lee)は、当時説明不能だったK中間子の崩壊に関する現象を説明するため、弱い相互作用が関与する物理現象ではパリティの対称性が破れると予想した。この予想は、1957年にウー(呉健雄、Wu Chien-Shiung)により、弱い相互作用が関与する物理現象であるベータ崩壊を観測する実験で確かめられた。ヤンとリーは、この功績により1957年のノーベル物理学賞を受賞した。
ウーの実験では、放射性同位元素であるコバルト60を極低温に冷却し、磁場をかけて多数の原子のスピンの方向をそろえた状態で、コバルト60がベータ崩壊して発生するベータ粒子の出る方向が調べられた。コバルト60のスピンと同じ方向にベータ粒子がでるベータ崩壊と、その反対方向にベータ粒子がでるベータ崩壊は、空間反転した関係にあり、パリティが保存されているなら、2つの崩壊が起こる確率は同じはずである。(上から見て左回りに回っているときの上の方向をスピンの方向という)。実験の結果、ベータ粒子はコバルト60のスピンと同じ方向よりも逆の方向に多く放出されているのが観測され、パリティ対称性の破れが起こっていることが確認された。
- (補)ベータ粒子(電子)はスピンを持っている。この実験では磁場をかけているそのためベータ粒子は(ベータ粒子の)スピンの方向によって出てゆく向きが異なる。
なお、正確に言えば、空間反転と鏡像反転は異なるものである。3次元空間でいえば、空間反転とは3軸全てを反転するもので、鏡像反転とは1軸だけを反転するものである。パリティ対称性といえば、空間反転の方のことであるが、この項目の内容については、どちらで考えても差はない。