ドリフト走行
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ドリフト走行とは、主に自動車において、車体の慣性力がタイヤと路面との摩擦力の限界を超え、グリップを失った状態において、車体の向きと進行方向にずれが生じ、スライドしながら走行すること。または意図的にそのような状態を維持する走行方法のこと。ドリフト走行を行うためには、ステアリング、アクセル、ブレーキを適切に操作して、タイヤのグリップを意図的に低下させる技術が必要となる。
ドリフト走行は日本が発祥の地と言われている。「ドリフト」とは英単語の"drift"(漂う)を語源としている。
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[編集] ドリフト走行へ入る方法の例
- ブレーキングドリフト
- 旋回している状態で急ブレーキをかける。その結果、減速による荷重移動で後輪荷重が小さくなるため、後輪のグリップが低下し、後輪の横力に対する抗力が低下してスライドしやすくなることを利用する。
- パワースライド
- 旋回している状態でアクセルを急激に踏み込む。タイヤのグリップを駆動力に振り向けることにより横力に対する抗力が減少し、スライドしやすくなることを利用する。しかしこの走法は厳密にはドリフトではない。
- サイドターン
- 旋回している状態でハンドブレーキ(サイドブレーキ)をかける。タイヤのグリップを制動力に振り向けることにより横力に対する抗力が減少し、スライドしやすくなることを利用する。
- クラッチ蹴り
- 旋回している状態でクラッチを1度切りアクセルを踏みながら急激につなぐ。そうすることによりエンジン回転数を急激に上昇させ、タイヤのグリップを駆動力に振り向けることにより横力に対する抗力が減少し、スライドしやすくなることを利用する。クラッチを蹴飛ばすように操作することからこう呼ばれている。
[編集] スリップアングル
弾性体であるタイヤは、自動車の旋回における遠心力による横力により歪み、変形する。そのため、タイヤのトレッド面の路面との接地中心はホイール中心線から旋回中心方向へずれる。ずれた接地点と、回転により次の瞬間に接地するであろうトレッド上の点(実際には連続的に推移する)の間には角度が発生し、ホイールの向きと実際の進行方向には角度が発生する(タイヤを傾けると進行方向が変化することと同じ)。この角度をスリップアングルと呼ぶ。スリップアングルは遠心力によるタイヤへの横力による変形で発生するものであるため旋回方向にたいして外側につき、グリップを維持している(タイヤのトレッド面と路面との間に滑りが発生していない)状態においても発生する。
[編集] アンダーステアとオーバーステア
自動車には前輪と後輪があるため、前輪と後輪のスリップアングルおよびタイヤのグリップに差異が発生することがありうる。旋回中において前輪のスリップアングルが後輪のそれを上回っている場合、舵角と比較して車体の進行方向は外へ膨らむように感じる。前輪のグリップが後輪のそれを下回った場合も同じとなる。このような状態もしくはこのような状態を誘発しやすい車体特性をアンダーステアと呼ぶ。前輪と後輪のこれらの関係が逆になった場合、舵角と比較して車体の進行方向は内側へ巻き込むように感じる。これをオーバーステアと呼ぶ。このように前後輪のスリップアングルの相対的な関係を、アンダーステアおよびオーバーステアの定義とすることができる。
これらアンダーステアとオーバーステアは、舵角どおりに車体が進行したと仮定した場合に発生する車体の路面からの垂直軸周りの回転=ヨーモーメントに対して、実際に発生するヨーモーメントが大か小かを表すものであるため、いわゆるドリフト状態(カウンターステアを用いるもの)における自動車はオーバーステアである(某有名漫画でドリフト中の車両はアンダーステアであるとの解釈が登場するが、車体の前方ではアンダーステア・後方ではオーバーステアという意味になってしまいあり得ない)。
例えば左旋回時、進行方向に対して車体が左に30度の角度をつけて回転せずにそのまま滑りながら、右に10度(車体基準。つまり進行方向に対しては左に20度となる)の舵角を与えている場合、この自動車はスライドしているためドリフト状態である。舵角どおりの回転が発生していないため一見アンダーステアと思えるが、後輪はそれ以上のスリップアングルであるためオーバーステアである。
また、アンダーステア状態の車両は旋回中に外へ膨らむ軌跡を描くが、オーバーステア状態の車両が旋回中に内側へ巻き込む軌跡を描くとは限らない。むしろオーバーステアであっても限界状態ではスピンアウトするのは避けられない。旋回円が小さくなるのは低速状態のみ。また、ステア特性の定義は前後輪のスリップアングルの相対的な関係のみであり、車体の軌跡は無関係である。
全日本プロドリフト選手権では、カウンターが戻ってしまった時(舵角が0度~コーナー方向へ向いてしまった時)をアンダーステアと呼ぶ独自の定義を与えており、審査区間内で1度でもこの状態になってしまうと単走では0点、追走では大きな減点となる。一方、ドリフトし過ぎのことをオーバーステアと呼んではいない。
[編集] 利点
ドリフト状態の車両は、タイヤのグリップが極端に低下した状態となっているため、進行方向とヨー(車体を真上から見たときの回転)の関係が小さくなっている。そのため、旋回状態における車体が路面に描く軌跡とはある程度無関係に車体の向きを変えることが可能となる。とくにダートや積雪路は路面とタイヤとの摩擦係数(ミュー)が小さく、ステアリング操作に頼って車体の向きを変化させるには極度にスピードを落とす必要があるため、ラリーなどの競技ではそれを嫌って、あえて車体をスライド状態に持ち込み、スピードを維持しながらも車体の向きを変えるという操作を行う。この場合、車体の向きは、現時点で走行中の軌跡よりある程度先の予想経路に合わせてあらかじめ変えておく、といった操作を行うことになる。ステアリングのみに頼らず、アクセルとブレーキの積極的な使用により、スライド状態を維持したまま進行方向を調整するという複合的な操作が求められる特殊な技術である。
[編集] 欠点
この走行方法は、見た目が派手であるため、好んでこのテクニックを用いる者もあるが、スリップによる摩擦のため車体の運動エネルギーが削がれるため、速度がやや落ちるのが欠点である。また横滑り時には特有のスキールと呼ばれるスリップ音がしてうるさい。この他、車体に無理な負担が掛かるため、多用すれば故障の原因になり、タイヤの損耗も激しい事から、パンクの原因になることも多い。
ドリフト専門に行う者の中には、フロントタイヤにのみ国産ハイグリップタイヤを履かせ、リアタイヤにはドリフトによるタイヤの激しい消耗に対応して安価で購入する目的や後輪を滑りやすくする目的で、海外製タイヤ(台湾や韓国製が多い)や低価格でグリップ力の低い一般走行向けの低グレードタイヤや、高グレードではあるがすり減った中古タイヤ、または再生タイヤや使い古したタイヤ(通称はウンコタイヤまたは溝なしタイヤ」)を装着する者もいるが、スポーツ走行を行うにはパンクやバーストの危険性が非常に高く危険である。腕が上達するにつれ、ハイグリップタイヤを履く必要が出てくるため、D1GPやD1SLでは「各メーカーのフラッグシップタイヤを4輪装着」が当たり前になっている。またレースのスピードを体験している谷口信輝はドライ用Sタイヤを4輪装着しているのにも関わらず、自由自在なドリフトを決めてみせる。
特に、ドリフトは車体のコントロールを意図的に失わせて行うため、急な現象に対応させにくく、事故が発生しやすい。また操作を誤れば、そのままスピンを起こして完全に制御不能となる。こうなってしまうと、余程運が良くなければ曲がり角の突き当たりにある物体に衝突を余儀なくされるため、そのリスクを承知の上で行うべきであろう。後輪の滑り具合を、体で感じる遠心力や加速度で察知する必要があり熟練を要するため、習得には衝突する物体のない広い安全な場所での練習が必要である。
[編集] 二輪車におけるドリフト
二輪車においても、ドリフト(二輪ロードレースにおいてはスライド走法と呼ばれた)はレース走行などにおいてよく見られる走行方法である。WGPやスーパーバイクで用いられるような高出力マシン(ca.200ps/150kg)においては、舗装路上といえども完全にグリップ走行するのは不可能であり、特にモタードレースには、コーナリング中はドリフト走行でコーナーをクリアーするのが基本である。また当然ながらオフロードコースにおいてグリップ走行するのはまず不可能で、マシンは概ね常にドリフトしている状態にある。
一部のプロライダーに至っては高速でリヤタイヤを空転させることで発生するジャイロ効果をも利用していると公言している。また、2006年の基準では、コーナー進入時に両輪が滑っている状態から倒しこむこと、加速時にパワースライドしたままフロントを浮かせることはMotoGPでは珍しい挙動ではなくなったが、特殊な訓練を積んでいない限り絶対に真似をするべきではない。
また、バレンティーノ・ロッシに至っては、ブレーキングでカウンターステアにし、ラリー車のように車体を斜めにスライドさせながらコーナーに進入するという荒技を見せる。2006年現在、もっとも派手なドリフト走行で有名なのはギャリー・マッコイである。
[編集] 関連事象
1990年代より日本では、集団で珍妙な飾り付けをした車両を用いて無謀運転を繰り返しながら走行する暴走族が、次第にファッショナブルではないとして廃れる一方、所謂走り屋の範疇として、峠道などで無謀運転を繰り返す峠族やローリング族・またカーブの多い首都高速道路等においては、サーキット族(またはルーレット族)と呼ばれる若者が多く現れるようになった。これらはある種の顕示欲から、より危険なドライビングテクニックを披露する傾向がある。ドリフト走行はWRCや富士フレッシュマンレースでの土屋圭市の影響で、一般的なグリップ走行の陰に隠れて少数ながら存在したが、頭文字Dの連載開始により爆発的に流行し、特にドリフトのしやすいFR車が好まれるが、FFや4WD車も少数ながらドリフトを行っている。
しかしドリフト走行特有の騒音(スキール音やマフラー音など)が周辺住民の安眠を妨げるといった問題や、操作しきれずスピンなどを起こし、道路に面した民家や商店、ガードレール、あるいは通行している一般の車等に突入する事故も後を断たない。また峠道では崖下に車ごと落下してドライバーが命を落とす場合もある。
特に危険度の高い細い道ほど彼等の興味をそそりやすいことから、周辺住民がそれらの無謀運転に巻き込まれるのを恐れて、深夜の外出がままならない等の弊害を生んでいる。また救急車などの、人命に関わる緊急車両の走行を妨げる(場合によってはそれら車両と接触事故を起こす)事例もあるため、個人的な趣味の範疇を逸脱し、社会問題として忌み嫌う向きもある。
このため、ドリフト走行テクニックを健全に愛好しようとする向きでは、サーキットなど専用施設を借りての「ドリフト走行会」と呼ばれるイベントに参加する人もある。またサーキットによってはドリフト専用のコースを設置しているところもある。これらのイベントや施設は、サーキット使用料などが掛かるため、決して安い参加費用ではないが、専門のドライバーによる模範演技や講習も開催され、プロドライバー・レーシングドライバーの指導を受けることができ、安全なサーキットで思う存分運転技術を試せるとあって、最近ではサーキット走行が主流になりつつある。
2001年からは全日本プロドリフト選手権(通称D1GP)が開催されている。シリーズ制で行われており、近年ではお台場フジテレビ前特設サーキットや、アメリカGPも行われている。ドリフトは新しいモータースポーツとしても確立されつつある。
[編集] 主に使われる車両
基本的にはFRのMT車が中心だが、中には4WDの前輪の駆動をキャンセルして強制的にFR化したり、AT車を構造変更で合法的にMTに載せ換えるパターンもある。上級者の中にはMR車をドリ車としている者もいる。
なお、ドリフト走行を主な目的としている車両の事をドリ車という。
[編集] 日産
[編集] トヨタ
[編集] マツダ
[編集] スバル
- インプレッサ(後輪駆動に変更している車両もある)
[編集] 行政対応の実態
自動車排気騒音対策検討会(国土交通省と合同検討会)という会が2004年7月26日から開催されているが、その構成メンバーは、大学教授やメーカー技術者、役人から構成されており、被害者の代表は入っていないため、被害者の声は届いていないといわれている。
[編集] 関連項目
- アンチロックブレーキ:ブレーキロックを防止するシステム。搭載車両では、横滑りやスピンが発生しにくい。
- 急ブレーキ
- 走り屋
- 土屋圭市:通称「ドリキン」ことドリフト・キングの異名で知られたレースドライバー
- 全日本プロドリフト選手権
- ドリフト天国:ドリフトのみに的を絞って制作された月刊誌
- ワイルドスピード・ワイルドスピードX2・ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT:派手なドリフト走行が印象的なカーアクション映画のシリーズ
[編集] 外部リンク
- D1 GRAND PRIX official web site
- ADC(アルテッツァドリフトクラブ)
- ドリフトの歴史(D1 FREAKS SITE)
- DriftLive.com Real Time Coverage of Formula D and D1GP in the United States
カテゴリ: 自動車 | モータースポーツ用語