アッシリア美術
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アッシリア美術は、メソポタミア美術最後の、最も発達した段階を示すものである。アッシリアはメソポタミア北部の都市アッシュールを本拠とし、紀元前2000年紀末までに盛衰を繰り返しながらその軍事力・政治力を強め、メソポタミア南部のバビロニア地方に支配を及ぼしていった。紀元前1000年紀にはその軍事力にまかせてメソポタミアのほぼ全域に君臨する帝国を形成し、アッシリアは政治・軍事面で強い力を誇った。その一方で文化的にはバビロニアに及ばず、むしろ多くを後者に学ぶ立場にあった。宗教・文学などの分野においてはとくにその傾向が顕著であった。しかしながえら美術の分野では、とりわけアッシリア帝国の時代になってから独自の特色を持ち、芸術的にも高い水準を示す遺品を数多く残した。ことに薄肉浮彫のような平面的な美術において、優れた面を見せている（バビロニア美術の項目も参照して欲しい）。
古アッシリア時代の美術作品は、現在ほとんど知られていない。アッシュールに城塞が営まれ、神殿も建設されたことが発掘の結果認められ、またマリ出土の彫像によく似たスタイルを持つ人物彫刻や、円筒印章などがわずかに発見されている程度である。中アッシリア時代にはアッシュールにいくつかの神殿、ジッグラト、宮殿などが造営された。トゥクルティ・ニヌルタ1世が建設・再建したイシュタル神およびアッシュール神の神殿などが代表例としてあげられる。またこの時期には、円筒印章に優れた作品が多く見られる。文様の意匠には空想上の動物や神話伝説の主人公が多く取り上げられ、その表現は自然でのびやかで、動きのある変化に富んだ場面構成が特徴的である。他方では『トゥクルティニヌルタ1世の祭壇』など浮彫の作品例が少数ながら残っており、後期アッシリア時代に開花した美術の特質がこのころから少しずつ形成されていたことがわかる。中期アッシリア時代の美術の意匠には、ミタンニなど近隣諸国からの影響がみられる。
紀元前1000年紀に入ると、歴代諸王が版図を逐次拡大し、美術も突如として華やかな様相を呈するようになる。紀元前9世紀の征服王アッシュールナツィルパル2世は、カルフ（現在のニムルド）に新都を造営し、大規模な北西宮殿を建設した。宮殿の主要な入口には、アラバスタ製の人面獣身の守護像が置かれ、また玉座室を中心とする一画と中心の中庭とは、薄肉浮彫を施した多数のアラバスタ製オルトスタト（画像石板）で飾られた。浮彫は取り扱われているテーマのうえで大きく二つに分類できる。一つはアッシュールナシルパル2世が近隣諸国征服のために行った戦闘のようすを描いたもので、主として玉座室の壁に部屋を取り囲むように配され、上下2段に分けられていた。横長の浮彫画面にアッシリア軍、敵国軍、馬、戦車、要塞などを組み合わせた場面が次々に現れ、説話的で動きのある画面展開を見せている。これに対し、正装をした王、従者、有翼の精霊像（人間の姿のもの、または鷲頭のもの）、聖樹（ナツメヤシ、生命の樹）などが登場し、礼拝、宗教儀式、またはそれに類する場面を表していると思われる一連の浮彫がある。画面は動きが少なく荘重な雰囲気を漂わせていて、個々の細部描写は緻密丁寧である。アッシュールナシルパルに続く帝王の時代にも浮彫は製作されていたが、次のピークはサルゴン2世がドゥル・シャッルキン（現在のコルサバード）の都を新設したときに訪れた。ここにはサルゴンの宮殿のほか、大規模な神殿やジッグラトが造られたが、都の造営そのものは未完に終わった。大きな建物の出入口には人面獣身の石像が置かれ、宮殿の中庭にはサルゴンと従者朝貢者の列を表す巨大な浮彫が飾られた。サルゴンの後継者たちは主としてニネベに宮殿を営んだが、なかでもアッシュールバニパルは宮殿にさまざまな題材を扱った多くの浮彫を残した。王の遠征のようすを扱った浮彫としては、『ウライ河畔の戦』が知られる。ここでは、古くから伝えられてきた画面を横長に分け説話風に図柄を展開していく方式が破られ、全体が一つの大きな画面にまとめあげられている。一方でアッシュールバニパルは動物狩りを好み、闘技場でライオンを倒す遊技をしばしば行った。ライオン狩りを扱った一連の浮彫は、アッシリアの浮彫芸術が到達した水準の高さをよく示している。動物に対する優れた観察力と瞬間の動きや表情まで写す確かな表現力が、これらの作品の特色である。その反面、人物描写はやや類型的といえる。アッシュールバニパル時代の浮彫群をもってアッシリア美術はその幕を閉じ、アッシリア王国も紀元前612年滅亡した。後期アッシリア時代にはこのほかにも、丸彫彫像がいくつかつくられたが、いずれも平面的で迫力に乏しい。またバラワト（現在のイムグル・ベル）の宮殿門扉のような青銅製浮彫もつくられた。その他おびただしい数の象牙彫刻小品がアッシリアの各都市から出土している。最も有名なものは、ニムルドから出た女性の面（通称『モナ・リザ』）であろう。これら後期アッシリア時代の美術品は、19世紀になって初めてヨーロッパ人に知られることとなり、大きな驚きの念を喚起した。
