ねじまき鳥クロニクル
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『ねじまき鳥クロニクル』(ねじまきどりくろにくる)は、村上春樹の長編小説。
- 第1部 泥棒かささぎ編(1992年『新潮』10月号~1993年8月号)
- 第2部 予言する鳥編(1994年4月 新潮社より書き下ろし)
- 第3部 鳥刺し男編(1995年8月 新潮社より書き下ろし)
の、3部からなる。
最初は第2部までの予定だったが改めて3部を付け加えた形になる。
村上春樹が敬愛するF・スコット・フィッツジェラルドの母校であるプリンストン大学に研究員として招聘された際、滞在1年目に始めの2部が執筆された。 村上春樹の小説としては初めて戦争等の巨大な暴力を本格的に扱っている。 1996年に読売文学賞を受賞した。
英語を始めとする各国語に翻訳されている。ジェイ・ルービンによる英語版は国際IMPACダブリン文学賞にノミネートされるなど好評を博した。
目次 |
[編集] 他の村上春樹作品との関係
短編集『パン屋再襲撃』に収録された作品『ねじまき鳥と火曜日の女たち』が下敷きとなっている。『ねじまき鳥クロニクル』を制作中に物語は2つに分裂し、残りが『国境の南、太陽の西』となった。
また、この作品中のカツラ工場はエッセイ『日出る国の工場』で取材した工場が参考にされていると思われる。また小説でノモンハン事件を取り上げたことで雑誌社から声が掛かりノモンハンへと旅行している。この様子は『辺境・近境』に書かれている。
この小説で取り上げた、戦争に代表される大きな暴力の根源がどこにあるのかと言う疑問が、後に『アンダーグラウンド』『約束された場所で』の執筆の大きなきっかけとなった。この作品とオウム二部作はその後の作品にも大きく影響を与えており、村上春樹作品の大きなターニングポイントになる作品である。
本作品は、第1部と第2部が執筆された後、時間を空けて第3部が書き下ろされている。このため、第2部と第3部の間には、明らかな継ぎ目が存在する。村上春樹自身、「必然性を感じて、第3部を書かざるを得なくなった」と話している。第3部ではなくした妻を取り戻すまでの過程が記されている。これは、『デタッチメント』(detachment:無関心)をテーマしてきた以前の作品から脱皮し、以後の村上作品の大きなテーマとなる『コミットメント』(commitment:かかわりあい)に至る転換点であると解釈することも可能だろう。このため、以前の軽やかな文体ではなく、時には重く、苦しい場面も登場することになる。このような事情から、本作品以後の作品を嫌う読者層も存在するが、逆に、本作品こそが村上春樹の最高傑作であると評価する声も多い。(村上春樹本人が明かしていることだが、アジアでファンを獲得する作品は、ねじまき鳥以前の作品が多く、欧米でファンを獲得する作品はねじまき鳥以後の作品である傾向があるらしい。)
短編『ねじまき鳥と―』では猫の名前・妻の兄の名前はワタナベノボルである。 そして、短編集『パン屋再襲撃』には他にも『パン屋再襲撃』、『象の消滅』、『ファミリー・アフェア』、『双子と沈んだ大陸』でワタナベノボルが、『双子と沈んだ大陸』で笠原メイが登場する。ただしこれらの登場人物に共通点は見られない。
ちなみに、「ワタナベノボル」は、村上春樹と交流が深い安西水丸の本名である。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] ストーリー
1984年6月から1986年の冬が主な舞台。「僕」と出会った不思議な人達が語る歴史や戦争、暴力、心の傷の話が複雑に絡み合いながら、それらの力を受けて傷付き失踪してしまった妻を助けだそうとする物語。
- 第1部 泥棒かささぎ編
- 世田谷に住む夫婦(岡田亨、クミコ)の家で飼っていた猫が行方不明になる。会社を辞めたばかりである「僕」は家事のあいだに猫を探すが、その行程で不思議な人達と出会っていく。電話の女・ケガを理由に登校拒否を続ける女子高生(笠原メイ)・奇妙な帽子の占い師(加納マルタ)・60年代初期風ファッションに身をつつむ占い師の妹(加納クレタ)・・・。
- それぞれが不思議な話を「僕」に語る。それでも猫は見つからない。笠原メイは水脈があるのに枯れている「井戸」を僕に教える。
- そしてある日、ある知らせを持った老人(間宮中尉)が「僕」をたずねる。そして、かつて体験した1939年のノモンハン事件に先立つ「ある作戦」で起こった「ある出来事」を僕に語る。
- 第2部 予言する鳥編
- 老人(間宮中尉)と会った日からクミコが失踪し、しばらくしてから、綿谷昇が「クミコが「僕」と離婚したがっている」と、告げる。
- 「僕」が失踪の理由が分からず困惑する中で笠原メイや加納マルタ、加納クレタ、間宮中尉それぞれが「僕」に持ち寄る物語も一層、不可解、不可思議な物となっていく。そして、「僕」は枯れ井戸に降りることを決意する。井戸の中に長時間も居た為か、「僕」の意識は肉体を解離して「電話の女」のいる部屋へと跳んでいく。だが、そこではほとんどなにも分からず井戸の底に戻る。加納クレタはこのままここにいると非常に危険だと「僕」に逃げることを勧めるが井戸の底の体験からクミコが「僕」の助けを求めていると確信し、クミコを救い出すために残ることを決意する。そして、加納クレタ、笠原メイが去っていく。
- 第3部 鳥刺し男編
- 戦うことを決意した「僕」だが戦う方法は1つしかなかった。「井戸」を手に入れること。その方法を考え行動を始めた矢先、ものごとが動き出したことを示すかのように、いなくなった猫が家に戻ってくる。また、赤坂ナツメグ、シナモンと出会い、「井戸」を手に入れる条件として「仮縫い」と言う不思議な仕事をすることになった。そして「僕」はついに「井戸」を手に入れることに成功する。その頃、牛河が綿谷昇との連絡役となり「僕」の家に訪れクミコと離婚を執拗にせまる。
- ある日、突然「井戸」を手放さなくてはならない様な状況に追い詰められる。ナツメグの取り止めのない彼女に関わる人達の話、シナモンが示す物語、間宮中尉から新たに届く手紙、笠原メイの応援、以前に聞いていた、今まではただ不可解であったり不思議だっただけの物語が敵と戦い方や身を守るため手立てだと気が付く、それら全てを「僕」の力として、井戸の底に行きクミコを救い出すための最後の戦いを挑む。
[編集] 登場人物
- 僕(岡田亨、おかだ とおる)
- 叔父の世田谷の家を安く借りている。以前は法律事務所の下働きをしていたが無職。
- 家事ができ、炊事、洗濯、掃除等を無難にこなせる。猫(ワタヤノボル)を飼っている。
- クミコ(岡田久美子、おかだ くみこ)
- 「僕」の妻であり旧姓は綿谷。編集者で働き、副業としてイラストを書いたりしている。元運輸省キャリアの父と上級官僚の娘を母に持つ。9歳年上の兄(ノボル)、5歳年上の姉(食中毒で死亡)、3人兄弟の末っ子。東京生まれだが、幼少の頃、新潟の祖母に預けられて育った。
- 綿谷 昇(ワタヤ ノボル)
- 久美子の兄で、主人公の「僕」と確執がある。東京大学卒、イェール大学大学院に留学などの後に東大大学院を出て学者となる。離婚歴あり、子供なし。岡田家で飼われている猫に容貌が似ているために彼の名前が猫につけられた。新潟の叔父が大臣経験のある衆議院議員で高齢の為に引退を考えている中で後継者として名前が上がり衆議院議員選挙に立候補することになる。
- 加納マルタ
- 占い師。ただし、お金を取らない。
- 予知能力等の超能力があり、その力や自分に合う水の研究をしている。何故かいつも赤いビニール製の帽子をかぶっている。本当の苗字も加納だがマルタは仕事用の名前。マルタ島の水との相性が良かったためにこの名をつけた。
- 加納クレタ
- 加納マルタの妹、マルタの助手をしている。クレタにもある種の超能力がある。
- マルタの5才年下。5月29日生まれクレタもマルタと同様に仕事用の名前。但し、マルタ島とおなじく地中海にあるクレタ島から採っただけでクレタ本人は海外旅行の経験もない。
- 笠原メイ
- 岡田家の近所の住人。高校生、バイクによる事故でケガをしてから、それを理由に高校に通っていない。時々、アルバイトをしている。
- 本田さん、本田伍長(本田大石)
- 北海道旭川出身。綿谷家が一時期贔屓にしていた占い師。ノモンハン事件より少し前の作戦で間宮中尉と出会う。ノモンハン事件の時に聴覚を失い除隊する。彼の大きな後押しにより「僕」とクミコの結婚が叶った。
- 間宮中尉(間宮徳太郎、まみやとくたろう)
- 広島県出身。ノモンハン事件より少し前の時期の小規模な作戦で本田伍長と出会う。当時は兵要地誌班に所属。戦後、シベリアに抑留される。帰国後、教職に就き定年を迎える。現在は簡単な農業などを営む。元軍人らしく姿勢が良い。
- 赤坂ナツメグ
- 横浜生まれ、満州国新京(現在の長春)育ち。ソ連の参戦直後に満州を脱出し終戦を船上で迎える。元々は夫婦で有名ファッションデザイナーだったが夫の死を機会に廃業。仮縫い師と言う仕事をしている。元々ファッションデザイナーだったため服装にうるさく本人も綺麗に身なりを整えていて、着こなしも見事。
- 赤坂シナモン
- ナツメグの息子、6才の時に声を失う。しかし、顔の表情と手話のようなもので違和感を感じさせないコミュニケーション能力を持つ。車の運転、パソコンなども器用にこなす。
- ナツメグの仕事の補佐をしている。細身、ハンサム、且つ、センスの良い服装をしている。
- 牛河
- 綿谷昇の秘書、見た目が醜く、身なりも貧相。その仕事は一般的な秘書とは違い、表に出来ない問題に対処すること。綿谷ノボルの叔父が衆議院議員だった頃からの秘書。
- 電話の女
- 突然、岡田家に電話をかけてくる。全てが不明。(物語が進むにつれ「僕」はその正体を確信していく)ただし、岡田亨の私生活を詳しく知っている。
- 猫(ワタヤ・ノボル 後にサワラに改名)
- 岡田家の飼い猫。何かの「予兆」を示すかのように、ある日突然いなくなり、1年近く経ったのち家に戻ってくる。